
駅の雑踏を歩きながら 催事場で ふと足を止めた
たくさんのCDが並んだ その場所で ふと2004年の天津の一角にタイムスリップした
母と叔母(母の妹)が 生まれ育った国 中国の中で 本帰国する前に住んでいた都市 天津に連れて行きたいと言う長年の(私の)夢を叶えた旅の最中だった
娘が加わってくれ 更に 母の姉つまり私の叔母の代わりに と従兄弟のアンちゃんも加わった愉快な心の旅となった
北京オリンピックを前にして 様々な場所で急激に再開発が進む中で 幸いにも母達が住んでいた家(旧日本租界)は取り壊しの最中で まだ家屋の土台などが見られた
母と叔母が 『あー ここ 覚えてる!』 『この土塀は まだ残ってたねー』 『この角を曲がると天津甘栗があったねー』『この校舎に通ってたわ』
・・・様々な場所で 足を止め 話が止まらない二人と共に 初めてとは思えない“異色の組み合わせ”の5人の珍道中は いつもいつも笑いに溢れていた
さすがに 歩き疲れた母と叔母がホテルの部屋で休んでいる間 私と娘と従兄弟のアンちゃん3人は 街を歩き 店を覗いて回った
CD全盛期の頃で 格安のCDを購入すべく 店に入った
『テシサテソ??』
明らかにコピー商品のラベルを見て 3人は爆笑!

そう言えば この天津・北京 ルーツ探訪の旅の後 約1年間の契約で香港生活をした時に プププ ^_^ と笑える 面白い間違い表記を たくさん見かけた
友人達と 《ニホンコン語》と呼んで 楽しんだものだった
・・・た と え ば
アシシボマシサーヅ ? ? ?
あ〜!
アシツボ マッサージ ねー
とか・・・
ワソタソ
🟰ワンタン 😆
今でも 新たに 《ニホンコン語》を探して掲載しているサイトが見つかり あれから20年以上も過ぎた今も ニホンコン語健在ぶりに微笑んでしまった
Made in Japan を模して 販売促進を狙った当時の 様々なパッケージの可笑しさに苦笑しながらも 目指す国なのか と少々面映い気分も味わった日々を思い出す
何しろ ローカルの活気に溢れた湾仔(わんちゃい)市場で 手に取った えのき茸のパッケージには 『え? これ 安全カミソリのパッケージじゃない?』
全て日本語の商品説明がそのままコピーして使われていた!!
今でも見かけるらしい ニホンコン語表記は 日本からの旅行者向けの “親切心”からの表示なのだろう
・・・そうだとすれば 日本での外国語表記も 笑えない状況もあり お互い様・・と言うことで (^◇^;)
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